AAを観た

 仕事は22時近くまで。帰り際、JBの死を知った。73歳か若いなあ。自分が子供のときから当然に存在していた“凄い人”が死んでいくのって寂しい。
 話変わってこの前の火曜日、「AA:音楽批評家・間章」(監督:青山真治)を観た。御茶ノ水アテネ・フランセ文化センターにて。
http://www.aa-movie.com/
 映画の上映時間はトータルで約7時間半。僕は1部と2部を一日でまとめて観たので、なんと会場には8時間半以上いることになった。傍目から見れば30過ぎのいいおっさんがようやるわという話かもしれんが、いや自分自身もたしかにそう思うが、しかし、多くの人がブログやミクシィ日記で書いてるように、そんな尋常ではない長さはほとんど気にならない、テンポのよさと集中力がある非常におもしろい映画だった。間章の映画のために自分の貴重な休み全部捧げるのかいと、最初はけっこうネガティブな気持ちだったのだが、ほんと行ってよかったと思った。
 6章に分けられた内容。そこに12人の証言者のインタビューがうまく散りばめられる。その12人と間章の関係はさまざまで、彼と相当に密接な関係をもった同志的なスタンスの人もいれば、友人もいれば、面識も交流もいっさいない人が喋ってたりもする。生前の間章の顔も姿も声もいっさい出てこない、基本はその12人の語りのみ。
 と言って、彼らの語りによって間章の生涯を浮き彫りにしますという内容というわけでも決してなく、むしろおもてに濃厚にあらわれていたのは間の人物像ではない、結局のところ語り手本人それぞれの、表現や思想の立ち位置であった。間章というある時代の特殊な存在を語ることで、現在を生きる自分が何に立脚しどこに向かっているかを各々が確認するといった感覚が全編に漂っていた。否定も肯定もきちんとバランスが保たれている青山監督の視点が分かりやすく伝わる編集の巧みさが素晴らしい。
 「日本フリージャズ史」〜「戦後日本のジャズ文化―映画・文学・アングラ」〜そしてこの「AA」という流れは、ここ5年ほどの日本のジャズを巡るひとつの象徴的な言説となったと言ってもいいかもしれない。
 と、相変わらずテンポも内容もない文章を書いてしまったが、ここからあとは、映画の内容とは直接関係ないかもしれないが、いま自分の思いついたことを。
 人の言葉によって音楽の聴こえ方が変わるということは絶対にあると僕は思っている。自分は音楽が好きだという純粋かつ根源的な部分にグサリと刺さる言葉にときおり出会って、なにか一瞬ググっと全身を乗り出してしまうような感覚って、音楽好きの人間だったらよく分かるだろう。あとは自分の聴き方・感じ方に別の角度を与えてくれるような風通しのいい言葉に出会って、ハッとしたりする経験や。
 ただ言ってることは逆になってしまうのだが、よく耳にする「音楽評論家によるレビューや批評・感想なんて必要ない、その音楽に関するデータ(メンバーや録音など)だけ示してくれればいいんだ」的な言説。これはこれで、共感するところもある。たとえば露骨な提灯記事や、毒にも薬にもならんようなファッションみたいな薄っぺらい音楽論(いまだにはびこる渋谷系的価値観とか)などに触れたときには、そんな皮肉を吐きたくなるときもある。まあそういうのがいまは多すぎるのだ。
 で、間章だが、彼の言葉に聴き手を鼓舞する力がどのぐらいあったか(あるか)は分からない。それは同時代を生きていなかったからなのかもしれないが、正直に言えば、僕はほとんどグッとこない。なんだろう、ほんとに音楽が好きなのかなこの人?と個人的に思ってしまうのだ。深刻ぶり難解ぶりに心がほとんど動かない。表面上は対極なのかもしれないが、前述した渋谷系のファッション的感覚に通ずるものを感じたりもする。(そういえばこの映画での佐々木敦氏の発言あるいは佐々木氏の文章にも同様の思いを自分が抱いていることにも気づいた。)
 それに関わって言えば、映画第五章の「即興音楽」論においての「完全な即興(インプロヴィゼーション)とは?」という問いに対しての、近藤等則の明確な答えが印象的だった。「それじゃあ、デレク・ベイリーの音はあれは完全な即興だと思う?違うよ、彼には彼自身の音楽のリズムがちゃんとあるんだよ、だからいっしょに演奏することもできるんじゃない。」めちゃくちゃ唯物論的な言葉だと思う。こういう具体的かつ実際的なことを話す近藤さんが、あの時期に間章と行動をともにしていたのはなぜだろう?というのがまた興味ある。
 「予定調和いっさいなしのインプロヴィゼーションの極北!」とか言いきることで、70年代学園紛争アジビラ的な気持ちよさに浸って、実際の音楽は置き去りになるってことは避けなければならない。音楽に触れるにあたり、それより上位の概念を持ってきてそれをあてはめるっていうのは危険だし、そんなのやってたら絶対そのうち音楽に飽きるよ。