午後2時頃家を出る。約40分かけて歩いて国立駅まで。中央線に乗り新宿へ。そこから甲州街道を歩いて初台方面へ向かう。
 目的は、初台駅の目の前にあるオペラシティで行われる本田竹広追悼コンサートを聴くこと。本田さんのファンクラブが主催し、息子でドラマーの本田珠也がプロデュースをするこのコンサート。宣伝期間も体制もそれほどなかったと思われるが、前売りチケットは即完売だったそうだ。なんだか嬉しい。それと、話によると、4月にテレ朝の報道ステーションで本田さんの特集が放送されるらしく、その関係なのかテレビ局のカメラも会場に入っている。
 ホールに入ってすぐ目に飛び込んできたのが、ステージ中央上方に設置された縦3メートル×横3メートルほどの大きさがあるモノクロの本田さんの遺影。そういえばロビーにも、本田さんの若いときからの写真がスペースをとって展示されていて、なんだか良い雰囲気を出していた。
 見事に満員になった約900座席あるオペラシティの一階には、厳かさとどこかギラギラした高揚感めいたものが同居し、演奏開始前から独特なムードが漂う。
 午後6時過ぎ。本田珠也が登場。ファンと関係者へのお礼と、このコンサートへの思いを語る。「とにかく皆さん、思い思いのやり方で楽しんでいってください」という言葉の後、オープニングの演奏者をステージに呼び入れる。板橋文夫だ。国立音大の本田さんの後輩でもある板橋。先頃再発された「ライズ・アンド・シャイン」のライナーにもあったが、板橋がジャズを志す直接のきっかけになったピアニストが本田さんだ。珠也が紹介する。「父のプロとしての初録音でもあり、また、父の音楽のその後を決定づけたと言ってもいい曲、ビートルズの“ヘイ・ジュード”を今日は板橋文夫が弾きます。」
 赤のTシャツの上に黒いジャケットを羽織った板橋は客席に軽く一礼し、ピアノに向かい一人で演奏を始めた。探るような前奏の後、「ヘイ・ジュード」のお馴染みのメロディが鳴り出した。客席全体が息をのんでステージを凝視する。
 感情のリアルな揺れがそのまま紡がれたようなルバート。メロディの優しさ。そして、ゴツゴツと腕全体で鍵盤を殴るようにしながらも、その音の重なりが空間の大きい広がりをつくり出すグルーヴィーでパーカッシブな奏法。幾度も見て聴いているが、なんて個性的でスケールの大きいピアニストなんだろうとあらためて思う。特に今夜は、もうほんとにひとつひとつの音が力強い。決して感傷なんかではなく、その音の力強さに僕は不覚にも泣いてしまった。ありえないぐらい感動してしまった。素晴らしすぎる。演奏終了後の客席からの怒涛の拍手で、その思いは自分だけじゃないんだなと実感した。
 オープニングでこれだけ凄いものってどうなのよ的な、興奮状態の客席。再び本田珠也が登場し、次のバンドを紹介する。