さて、再び20日名古屋ラブリーの話に戻ると、最大キャパが公称85名ぐらいという店内におそらく100名近くのお客がいる状態の8時過ぎ、大西トリオがステージに登場する。
 ピアノに座った大西順子、表情はあまり確認できなかったが、特に気負った様子もないように立ち振る舞いからは感じられた。ステージ衣装という風でもないラフな格好(黒いカットソーとブルーの細身のパンツ、髪はセミロング)で、そう、かつてのコンサバなイメージは希薄だ。そんな大西の(予想外に)普通な様子とは対照的に、客席のほうには期待と不安が入り混じった緊張感がピーンと漂っていた。6年ぶりの復帰、いったいどんな演奏をするんだろう・・・?
 パーソネルは、大西順子(p)、米木康志(b)、原大力(ds)。
 まずは、大西がおもむろに鍵盤を弾きはじめる。ピアノの音の具合を確認するような、あるいは本番前の準備体操のような、軽い調子。2分ぐらい経過しただろうか、よしOKとでも言うようにうなずいてから、ようやくテーマらしきものが始まった。リズム隊もそれに合わせ動き出す。スタンダードの「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」。1曲目だからかリラックス感は多少あるが、ああ大西順子だよ!というググッと体を揺らされるようなあのノリとスウィング感、叩きつける奏法、それらはまったくそのまま。当然、テクニックも衰えていない。て言うか、うまいわ!ホッとしたという気持ちと、音楽そのものに引き出される興奮が自分の頭と体を駆け巡る。
 「久しぶりにこの店で演奏するけど、お店の雰囲気がぜんぜっん変わってなくてホッとしました。」サバサバした物言いのMCに会場の笑いがこぼれる。メンバー紹介後、「10年以上前にツアーをしてるとき、あまりに暇だったので、メンバーと作った曲です」と「サン・サラ」というオリジナルが弾かれた。綺麗めなバラードだ。その次が、曲の前半がずっと右手による早弾きという変則的なアプローチの楽曲。ジャズのストイックな追求という彼女の真摯なミュージシャン・シップがリアルに感じられる。予定調和的盛り上がりがないのが、信頼できる。
 米木の重いベース・ソロから始まったファースト・セット最後の曲。原のドラムがそこに加わって、徐々にテンポが上がっていく。なんだか殺伐としたブルーズ。ここに大西のピアノがいつ入るのだろう、いつ入るのだろう、と、そんな緊張感がたまらない。で、リズム隊のノリが高潮に達したときに、きた!ピアノ。うわ、無骨なスウィングだ、かっこええ!もっと続けばと思ったが、小爆発程度に抑えられ、とりあえず前半の演奏は終了。
 ファースト・セットの印象としては、なんだろうな、さんざん言ってるようにリラックスしたムードは強いことは強かった。それは、復帰後の大西の新展開がどうとか実際に判断できると言う種類のものでもない。ただ、テンパリ感の希薄さは、うーん・・・と思わないことはない。
 そんな中途半端な自分の気持ちを、一瞬にして粉々にしたのが、セカンド・ステージだった。
 見渡せば立見がいっぱいの店内。またまたフラッと現れた大西順子
 冒頭、鍵盤からは聴き覚えのあるフレーズが、奏でられる。なんだっけ?これ、あ、「フラジャイル」の「ユーヴ・ロスト・ザット・ラヴィン・フィーリン」だ。あのアルバムではどこか大袈裟で大味な感じがして、個人的にはあまり好きではない楽曲。しかし、この日のトリオ、というか大西のピアノはこの曲を大名曲に生きかえらせた。中盤から最後までの、もうすごいうねり、バネ、グルーヴ、鍵盤が叩きつけられた瞬間にそれに呼応して跳んでくる音の塊、それら一瞬の緩みもなく続いていく音の連なりと響き。意味不明だがそんな感じ。大西の背中を見つめるか、あるいは空間を見つめるかしていたそのときの俺の恍惚の表情は、ほんとに危ないものだったに違いない。
 で、そんな危ない度合いが数段上がっただろうと思われるのが、バラードを挟んだ後に演奏された、「ユーロジア」、だ。言うまでもなく、彼女の代表曲。約20分の演奏。さっきの「ユーヴ・ロスト〜」での煮えたぎる感覚がさらに高速で展開される。月並みだが、もう圧倒された、としか言いようがない。98年にレディオヘッドのライヴを観たときにほんと立ちつくしかなかった、あのときの感覚をなぜか思い出した。凄いもの見ちゃったよ、おい、みたいな。
 ラストの曲およびアンコールはどこかチル・アウト的というかクール・ダウンというかそんな印象。あんな演奏を聴いたあとだから、そう感じたのかもしれないが。
 現在進行のリアルな音楽を体験したいのなら、今の大西順子は必ず聴くべきだ。大げさじゃなく、そう確信した夜だった。