ピットインでの原田依幸&梅津和時デュオ

 昨日の仕事は23時前まで。帰り道でエリック・マクファーソンの新譜を聴いていたら、もう何度目かよってにも関わらず、異常によくて興奮する。マクファーソン(いま40歳ぐらい?)は昨年亡くなったアンドリュー・ヒルの最後のレギュラー・グループのドラマーだったわけだが、アルバム冒頭のヒルに捧げた曲も含め全部素晴らしく、久々にリアルな肌触りがあるジャズを聴いたと興奮してしまった。それと、先日国立のブックオフで買ったストーンズ77年の「ラブ・ユー・ライヴ」。これはお約束で盛り上がるかあなんていたって軽い気持ちで聴いたものの、実際音が耳に入るとまったくそんなことは言ってられず、特に右から聴こえるキース・リチャーズのギターのカッティングの、奇跡的チカラ技感がものすごくて煽られる。聴きながら、この時期ぐらいまでのストーンズってほんと変なロックバンドというか、これロックなのかなあ、と思った。それは、いろんな人が言うけど、黒人音楽好きのマニアックな音楽ではないか。
 ガキ使を録画し忘れたことを家に帰ってから気付き、軽いショック。テレビでは、三浦和義の逮捕のことばかり報道して、そのぶんイージス艦衝突の報道が霞んでいる印象。俺が日中働いているあいだはもしかしたらそうじゃなかったのかもしれないが、視聴者が安易に好奇心を抱きそうなものをマスコミが嬉々として極端に取り上げ、見てる方もばかみたくそれに飛びつくというこの構造が、結局政治への無関心を助長しているのだよ、ばか、といかにもおやじ的に管を巻いた。
 話は変わり、2月6日新宿ピットインでの「くにおんジャズ」の続き。
 生活向上委員会の中心メンバーである原田依幸梅津和時が本当に久しぶりにステージに並びたっている、そんな衝撃といっても大げさではない事実を目の当たりにして興奮していた自分だが、実際のところ、満員の客席にいた多くの人たちがこの事実に対してどんな捉え方をしていたかは分からない。いや、はっきり言ってしまえば、自分のような興奮を覚えていた人はそれほど多くなかったのではと、肌で感じたと、率直に述べておきたい。もしかしたら「国立音楽大学ジャズOB会」とも捉えられかねないイベントの主旨とそれに基づいた客層(いや、実際はどうか分からないので適当なことを言ってはいけないのだが)には、生向委そのものを知らない人も多かったのかもしれない。それは、音楽の嗜好という面もあるけど、それ以上に、やはり時間が経ちすぎているということなんだと思う。といいながらも、自分もまったく後追いで生向委に触れているのだから全く偉そうなことを言えないわけだが、二人がステージに立った瞬間、原田と梅津の両者がこうやって再び真正面から一緒に音楽をやるというところまで来るのに、時間がだいぶかかりすぎてしまったのではないだろうか、もったいない、興奮のなかそんな複雑な思いも頭を駆け巡った。
 演奏が始まる。完全なるフリージャズ。原田がものすごいスピードと強度で鍵盤を叩き奏で、客席の目と耳を一身に集め、相変わらずの圧倒的存在感を示すなか、梅津は一歩もそこから引くことなく、ボギャギャボギャブギブギャギャギャーブギブギャーと、無心にアルト・サックスを咆哮させ続ける(当然、清志郎のバンドのときみたいなエンターテイメント色は皆無)。それでも、途中で突如原田がチャルメラのフレーズを弾いたりと、多分にユーモアのセンスがあるところもおもしろい。つまりかつての「ダンケ」(80年ベルリン録音)で聴ける二人とまったく変わらない光景が目の前で展開されている。「いやあ、彼ら(原田&梅津)はほんとすごいですね、まさに初志貫徹というか・・。もう30年以上前学生だった彼らが僕の山下トリオの音を採譜してコピーして徹底的に研究したんだ!と聞いて、こんなやつらがいるんだあと驚いたことを思い出しました。」この原田と梅津のステージが終わった後、山下洋輔がとても実感のこもった声でボソリとつぶやいていた。
 もう10分近く経つだろうか、原田と梅津のしのぎあいはまったくテンションを落とすことなく、続く。バスクラを持参していた梅津だが、そちらがいっさい吹かれることがないのは、そういう余裕もないほど、音楽がすさまじい勢いで疾走しているということだろう。
 なんてことを考えていたら、突如舞台の袖から、楽器を手に持った男女がドヤドヤと二人が立つステージにあがってくるではないか。総勢で15人近くはいただろうか?アルト、テナーなどのサックス、トランペット、トロンボーンなどが各複数名ずつとドラム。それぞれ原田と梅津よりはだいぶ若く、自分が知らないだけかもしれないが、それほど有名なミュージシャンはいないと思われる。各々が原田と梅津といっしょに好き勝手なフレーズを吹く。人数が多く、かつ全員が半ば力まかせのような勢いの音であるから、迫力が尋常ではない。あまりに意外な展開とステージの圧倒的な光景になんですかこれは!?と、鳥肌が立ってしまった。1〜2分が経過し、椅子から立ち上がり鍵盤をそれまで以上に思いっきり叩いていた原田がピアノから離れ、梅津を含めた彼らの前に立ち、両手を挙げ、指揮をはじめる。するとそれに合わせ、梅津以外の彼らは一斉にユニゾンでシンプルなテーマを力強く演奏しはじめた。そして、ここからの梅津が素晴らしかった。それまでのボギャボギャの加速度が増し、音も大きくなり、とにかく響きまくるのだ。周りの異常な迫力をもアルト一本でねじ伏せてしまう、音の存在感。梅津さん、すごい!そして、梅津のソロと管楽団の音が頂点に達し、大団円。
 わけの分からぬ興奮を会場に残したまま、管楽団そして原田はステージを降りていく。原田が去り際に梅津の方へ向かい、両者はがっちりと握手。一人ステージに残った梅津が、「びっくりしたー・・!いきなり知らない人たちがステージに上がってきていったい何が起きたんだと思いました。」と半ば呆然としながら話す。ここでこの演出は、原田一人の手によるものだということが分かった。常に予定調和に収まらない、おもしろいことをやってやろうという原田の姿勢がよく分かる。梅津は続けて、こう語る。「(原田さんには)いつもびっくりさせられてばかりでしたが、今日も本当にびっくりしました。」
 今後、具体的に原田さんと梅津さんがいっしょに活動するかどうかは別として、この日の歴史的なステージを見て思ったのは、今年はなにかすごくおもしろいことが起きるんじゃないだろうか、なにか動き出すんではないかということで、それは近いところでは、例えば2月26日(って明日ですね)の原田依幸林栄一の初デュオであり、3月5日のデ・ガ・ショウ復活であり、そしてピアニスト石田幹雄の東京進出、ということになる。根拠がないっちゃないんだが、ものすごく楽しみになってきた。
 ↑の管楽団は“かいぶつ団”というらしく、動画ありましたので貼っておきます。