この日のステージは、板橋文夫トリオ。メンバーは、板橋(p)・井野信義(b)・本田珠也(ds)。
 到着した赤いカラスの入り口からは、中の音が漏れ聴こえている。すでに演奏は始まっているようだ。先に着いているはずの妻はどこにいるかなと店内を見渡したら、一番前の席、板橋さんの弾いてる目の前になんだか座っている。テーブルとピアノ(板橋さん)のあいだが1メートル弱。かなりの至近距離だよ。
 ジャズを聴き始めて間もない2年前の夏、芳垣安洋か太田恵資目当てで行った新宿ピットインのライヴで、板橋文夫のピアノに初遭遇したときのインパクトはいまだに忘れられない。こんなおっさんがこんな全力でピアノを叩いてる姿見ちゃっていいのかよという、音楽性ではない部分でのショック要素が多分に大きかったとはいえ、あれは僕にとって価値観ががらっと変わったと言っても決して大げさではない経験だった。
 板橋さんのライヴについて最近人がネットで書いていた感想で、「ジャズという括りがあることで今まで勝手に敬遠していたけど、自分の知らないところでこんな凄い音楽があったなんて!」という内容のものを読んで、とても共感した。あと、あるベテランサックス奏者が以前つぶやいていた「板橋さんとやるときは、ほーんと刺激になるよ!あの人は音楽を知ってるから」という言葉にもフムフムと思った(片山広明さん、復帰願ってます。)。
 この日の赤いカラスの話に戻ると、板橋文夫の演奏はいつも以上に無骨で野太いジャズだった。トリオという形式だからか、エルヴィン・ジョーンズジョン・ボーナムを信奉している本田珠也のドラムの影響からか、とにかくゴッツゴツしているピアノ。セカンド・セットでガンガン叩かれた非常に泥臭いリズム&ブルース的なフレーズなんか、ものすごくはまった。地に足が着いた農民系というか、借り物ではない力強い響きにはほんと一切の嘘がない。
 他ジャンルの人との共演もおもしろいが、板橋さんのこういう剥き出しのジャズがやはり僕は一番好きだということを実感した。