と、思い出話はいいとして、この前読み終わった「音楽未来形―デジタル時代の音楽文化のゆくえ」。自分の読解能力・理解力・そして知識のなさにその最大の原因があるとしても、違和感は拭いされなかったなあ、最後まで。
 テクノロジーの発展に従って人々の音楽観は変わるという論説自体は、ふむふむとは思った。しかし、(これはミュージックマガジン先月号の書評欄で磯部涼氏がちらっと似たようなこと書いてたが)この本の大前提にあるDJ文化とクラブ・ミュージックについての神聖化、理想化、思い入れありすぎ、という感じが読んでいて正直つらかった。
 例えばテクノにおける「響き」や「鳴り」を特化して聴くという行為、従来の概念とは違うヒップホップやブレイクビーツの「作曲」方法、あるいはレコードを媒介にしてクラブという場をつくりだすDJとオーディエンス。そういったものの存在が音楽観の多様化のひとつの表れだという言説は理解できる。ただそれを指して、社会の音楽観の根本的な変化を象徴するものなんだ!というところまで行くと、疑問多い。というよりは、自分には合わない。うーん、もう少し読みこむか。