好みと相対化

ジャズ評論家岩浪洋三氏曰く「3大アルト」というアート・ペッパーのCD「ジ・アート・オブ・ペッパー」(57年)をまたもウォークマンに入れて自転車で通勤と帰宅。何となくアルトの音が軽く聴こえるような気もする。いまいちピンとこないかなあと思いつつ、家に着く。
CDコンポで、昨日買った「スモール・パピオン」の松本健一さんのまさに怒涛のテナーや、ソニー・ロリンズの「テナー・マッドネス」の見事な演奏を聴いて、やっぱペッパーだめじゃんと思って、なんでだめなのか考えるためにもう一回聴いてみるかと思ってウォークマンから出してCDをかけてみたら、あら、けっこういいかも?でもやっぱ音軽いよな、でも気合いが入っているのはよく分かるなあと、いいのか悪いのか分からなくなった。まあ別にいいと無理やり思う必要はないんだけど。好みで言ったら、比較するのは意味がないかもしれないが、今はリー・コニッツなんかの方がかなり好きだ。
好みで聴くというのは耳が同じ場所にとどまってしまう感じがして嫌だ。いまある自分の感性を絶対化しないためにももっといろんなものを聴かなければいけない。でも現在の自分の耳はパーカーなんかを基準にして聴いているような気がする。まあ初心者なんでしょうがないか、とよく分からない言い訳をしてみる。